インターネットの普及以降、無数の情報があふれ、私たちの買い物における選択肢はかつてないほど多様になりました。
全世界の買い物に関する情報を集約した Google のデータベースには、450 億点以上の商品があり、毎時間 20 億件以上のデータが更新されています(*1)。また AI の発展によって、これらの情報にアクセスをする人の探索行動自体にも変化が起きています。
こうした情報環境は私たちの買い物における意識や行動にも影響を与えています。Google ではこれまで「パルス消費」「バタフライサーキット」「肯定度」といったフレームワークを通じて、変化やその背景を考察してきました。
今、数えきれない選択肢がある中で、人々はどのように買い物における「最善の選択」をしているのでしょ��か。またそのような状況下で企業は、自社の商品を届けるためにどのような働きかけが必要なのでしょうか。
今回は、2024 年 1 月から複数の調査を実施。日本を含む世界 18 カ国での調査や、日本独自に実施した調査の分析を通して、人々の買い物への向き合い方がこれからどうなっていくのかを考えていきましょう(*2)。
矛盾した購買心理 —— 失敗しないために「慣れ親しんだ商品」を買い続けたい、でも「より良い商品」も探したい
多くの人が買い物で目指すのは、自分にとっての最善の選択です。自分の望みに最も合う商品やサービスをできる限り少ないコストで手に入れたいと考えるでしょう。
ここでのコストとは、単に価格だけではありません。商品について調べる情報探索の労力も含みます。
たとえばランニングが趣味の私にとって、新しいランニングシューズを買うことは楽しみの 1 つです。かつては近所のスポーツ用品店で数十種類から選ぶのが当たり前でしたが、今やオンライン上で検索すれば、形状、��、ブランドなどの異なる豊富な候補を比較できます。新商品も次々に登場するため、最善の 1 足を選ぶことは以前よりも難しくなりました。
今や、さまざまな選択肢にアクセスできるようになった反面、1 つを選び抜くコストが増大したのです。
調査では日本の生活者の 66% が「買い物をするときに、情報の多さに圧倒されることがある」と回答しており、これは諸外国と比べても高い数値です(*3)。
膨大な情報から商品を選ぶことが、楽しみだけではなく人々の負担にもなっていることは、2022 年の調査でも触れました。そうした環境下で最善の選択の鍵を握るのは、選択した商品に自分自身が確信を持てるかどうかです。当時の調査では、確信が持てるとその後の継続購入につながる可能性が高いことを明らかにしました。つまり人々が慣れ親しんだ商品をリピートすることは、買い物の負担を軽減するための自然な反応だと言えるのです。
しかし人々が買い物に求めているのは、失敗を避けることだけではありません。慣れ親しんだ商品を選択するのと同じくらい、まだ見ぬより良い商品を���求しようとする心理も持ち合わせています。
調べ尽くせないほどの膨大な選択肢を前にして、一方では失敗を避けるためにも「慣れ親しんだ選択肢にとどまりたい」という気持ち、そしてもう一方ではそれでもなお「もっと良い選択肢があるのではないか」という期待から新しい選択肢を求めようとする気持ち。人々はこの矛盾した 2 つの購買心理を抱えているのです(*4)。
今回の調査ではこの点も踏まえて、人の買い物行動をさらに包括的に分析しました。
確信に至る鍵は「“ あなた ” に意味ある情報」
2022 年の調査と同様に今回の調査でも、確信を持って買い物をした場合、購入後の満足度に加えて、再購入の意欲や周りにおすすめしたい気持ちも高まることが確認できました(*5)。これは日本を含め調査を行った 18 カ国すべてに共通する傾向です。
では、人々が確信に至るためには何が必要でしょうか。今回の調査では、8 割が「十分に情報を調べきった」と思えるとより確信を持ちやすくなると回答しています(*6)。
もちろん、やみくもに情報を集めれば確信に至るわけではありません。日本の調査で、アンケート結果を基に「多くの情報に触れた人」と「自分自身にとって関連度の高い情報を探せた人」に分けて分析したところ、後者の方が確信を持つ可能性が 2.1 倍になるという結果が出ました。これは調査を行った 18 カ国の平均(1.3 倍)と比べても顕著に高い数値です(*7)。
冒頭で引用した通り、諸外国に比べて日本では「買い物をするときに、情報の多さに圧倒されることがある」との回答が多く、選択に難しさを抱えています。だからこそ、他の誰でもない自分自身にとって関連性の高い「“ あなた ” に意味ある情報」が確信に至る鍵となるのです。
“ あなた ” に意味ある情報は、ブランドスイッチや継続購入にも寄与
では、確信に至るための「“ あなた ” に意味ある情報」とは何でしょうか。それは、生活者が買い物を通して満たしたい、本質的な望みに応える情報です。
その情報にたどり着くため、生活者の検索クエリはより具体的になり、それに応える情報も個別化が求められています。これは世界的な傾向ですが、日本でも2024 年の第 1 四半期に検索されたクエリを分析すると、直近 1 年間で、4 分の 3 以上のサービスカテゴリで検索クエリが長くなりました(*8)。検索が個々人の望みをより反映した結果、クエリがより長く具体的なものになってきているのです。
また人々は、企業に対しても自分の個人的なニーズを理解してほしいと期待するようになっていま��。7 割以上の人が「過去の購入履歴を基にオススメをしてほしい」と回答し、8 割以上が「自分の興味関心に沿う特別なセールや割引情報を提供してほしい」と答えているのです(*9)。
「“ あなた ” に意味ある情報」が人々の確信に大きな影響を与えることは、別の調査でも確認できます。この調査ではまずアンケートを実施し、さまざまな商品について、好みや価値観、ライフスタイル、買い物への期待、好きなブランドなどを確認。その後、買い物時に提供する情報を変えることで、選択がどのように変化するのかを見ました。
企業が提供する情報に差がない場合、最も好きなブランドと価格などの条件をそろえた 2 番目に好きなブランドが同時に提示されれば、多くの人が当然最も好きなブランドを選びます。
しかし、最も好きなブランドがマス向けの一般的な情報しか提示していないのに対して、2 番目に好きなブランドが、事前アンケートに基づいたその人が興味を持ちそうな商品の具体的な特徴、つまり「“ あなた ” に意味ある情報」を提示した場合、後者を選ぶ可能性が 1.5 倍 〜 2.5 倍高くなるという結果が出たのです(*10)。
また、最も好きなブランドであっても「“ あなた ” に意味ある情報」を提示することで、それを選ぶ可能性が高まるという結果も出ました。
この結果は、企業が生活者に対して「“ あなた ” に意味ある情報」を伝えられれば、商品自体は同じものでも有力な選択肢になる可能性を高められることを示唆しています。他社商品からのブランドスイッチを狙う場合はもちろん、既存顧客との関係をさらに深めたい場合でも「“ あなた ” に意味ある情報」を提供することが重要だと言えます。
マーケターの皆さんであれば「顧客にとって必要な情報提供は当たり前に実践してきた」と感じるかもしれません。しかし���こで強調したいのは、確信に必要な「“ あなた ” に意味ある情報」が増え続けており、生活者にとってそれを得るハードルが上がっているということです。冒頭で書いた通り、私にとっても、数ある中から最善のランニングシューズを選び取る難易度は増しています。日々登場する新商品の中には、新しい機能を備えた物もあり、それによって私にとって検討すべき項目が増えたり、あるいはランニングシューズ以外の思いがけない選択肢に引かれたりすることもあるでしょう。
AI の活用を中心に情報探索のあり方が変わる中で、最善の選択を目指す人々はどのように情報を得ているのでしょうか。また企業はそうした生活者にどのように関わっていけばいいのでしょうか。次回の記事でさらに詳しく見ていきましょう。